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昔日和-他愛もないこと-

思ったことや過去にあったことを、だらだらと書いてあります。どちらかというと、楽しいことではないです。近頃は精神安定のための、愚痴の捌け口になっております。

欠けたもの

5冊組のアルバムの3冊を、前に住んでいた所に置いてきた。
表紙は、子猫の写真だった。
そのときはそれでいいと思っていた。
置いて行っていいのだと、勝手に思っていた。
相手の気持ちも考えず。

今頃になって、置いてきたことを後悔している。
中身ごと、捨てられてしまっただろう。
中身もさることながら、外見のアルバムが非常に惜しいことをしたと思っている。
可愛かったのにな。
もう手に入らない。
非常に残念だ。

私にはそういうところがあって、
何かが欠けているのに気が付くと、もう落ち着かない。
漫画、小説などシリーズものが、一つでも欠けているときは、
捜しまくって手に入れる。
もちろん、何が何でも、というわけではない。
はたくような大枚はないし、
そこまで必死になることはない。
それに見合わない金額だったら、諦める。
この子猫のアルバムのように、もう製造中止になって、
手に入らなくなったものを、無理にでも手に入れようとも思わない。
ただ、いつまでも、ああ、残念だ、と思い続ける。

こういう性格なので、断捨離などできるはずがない。
勢いに任せて捨ててしまったら、
後になって、
「捨てるんじゃなかった。」
と、ひどく後悔するのは目に見えている。

つい最近、永遠に後悔する前に手に入れたのは、
昨年亡くなった『佐伯かよの』先生の『Quo Vadis』だ。
一番つらいときに、ふらっと立ち寄った本屋さんに
新刊として積んであって、そのまま中身も見ずに購入していた。
ビニ本なので、中を見ることはできなかったのだが。
もともと『佐伯かよの』先生の作品は好きだったので、
全く抵抗はなかった。
家に帰って、暗い気持ちのまま読んだクオヴァディスは、
それを忘れさせてくれた。
その本屋さんの前を通る用があるときには必ず立ち寄って、
一巻ずつ続きを購入した。
内容の面白さ、絵の綺麗さは勿論のこと、
そんな思い出のある作品だったので、
尚更尻切れにするわけにはいかなかった。

出版物は、すぐに絶版になってしまって、
気が付いたときには、手に入らなくなっていることが多い。
それで後悔している作品が多々ある。
代表格が、『髙野まさこ』先生の『シュガーベビー』。
新刊として販売されてたときは、お金がなくて、買えませんでした・・・
こちらに来てすぐに、
主人が連れて行ってくれた古本屋さんで、
幸運にも5巻と6巻は手に入れることができたが、
その後の巻にはお目にかかることはない。
その後どころか、今手にしている巻にもお目にかかることはありません。
髙野先生は、とっくの昔に漫画家は辞められたたそうで、
自らの作品を再版する気もない、という記事を昔目にしたことがある。
非常に残念です。

これを無くすにはどうしたらいいか。
一気に全巻揃えるか、一切新しい物に手を出さないか。
なので、この頃は、よっぽど気に入らない限りは、
新しい物に手を出さないことにしている。
それでも、昔手に入れたものに欠けている物がみつかると、
気になってしょうがなくなるのだが。





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