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昔日和-他愛もないこと-

思ったことや過去にあったことを、だらだらと書いてあります。どちらかというと、楽しいことではないです。近頃は精神安定のための、愚痴の捌け口になっております。

好かれないことも、嫌われることも慣れてるから

いつか、主人に言った言葉だ。
「好かれないことも、嫌われることも慣れてるから」

父は、自分がこの世で一番優れていると思っている。
間違うことはないと、思い込んでいる。
自分と違う意見や好みを持つ人間を、親の敵のように嫌う。
非難して、罵詈雑言を並べる。
かなり聞き苦しいし、見苦しい。
これが自分の親かと、自分が恐れて従ってきた人間かと思うと、情けなくて惨めだ。

だが、子供の頃は、自分もこうだったと気が付いた。
何一つ優れたものがないのに、
容姿も頭も、何一つ優れたものがないのに、
自分は特別だと思っていた。

誰にも好かれなくて当たり前だ。
嫌われて、当たり前だ。

あのとき、自然に口から出た。
「好かれないことも、嫌われることも慣れてるから」
慣れてなどいないけど、そういう思いには慣れている。
心の底では自分が悪いのに、そうわかっているのに、見えないフリをしてた。
感じないフリをした。

それでも、少しずつでも、自分には何一つ優れたものなどないと、
特別な存在ではないということに目を向けてきた。
上には上がいて、決して頂点などに立てないのだと。
だから、少しずつ何かをできるように歩いてきた。
そのつもりだった。

だが。
『お前の人生は何の価値もなかった』
と思い知らされた。
あがいてみても、何も進みはしないと、思い知らされた。


ただ
昨日、インスタにあげた私のイラストに、いいねをしてくださった方がいて、嬉しかった。
それだけで、救われた気がした。

いいのかな、と思った。
少しは、前に進めているのかな。


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価値の無い人生

9月に、ある知らせがきて、その内容を読んだとき、
『お前の今までの人生は何の価値も無い』
と言われた気がして、ずっと立ち直れなかった。
今も、引きずっている。

確かに、がむしゃらに生きてきたわけではないかもしれない。
一生懸命生きてきたわけでもないかもしれない。
それでも、順風満帆な人生では無かったし、自分なりに頑張ってはきたと思う。

だが、
『お前の人生は何の意味も無かった。』
と。


子供の頃、母によく怒られた。
「教室の中で、一人だけ、手を挙げない。」
と。
「沢山の子達の中に入ると、この人、後ろに下がるのよ。」
とか、不満げに親戚に言いまくる。
神経質だとか、引っ込み思案だとか、さんざん人前でこき下ろされたが、
結局は、母が、そうなるように私を育てたということを、つい最近知った。
いつも怒られて、常に両親の顔色をうかがっているような子供が、
自信たっぷりに人前で話したり、どんどん前に出ていけるようになれるかよ、って。
母は、積極的で、人を押しのけてまで前へ進んでいく子にしたかったんだろうが、
全部逆効果だったわけだ。
今になって、いや、今までずっと、生き辛かった。

もっと友達と遊びたかった。
なのに、塾や書道教室に通わされ。
もっとお洒落したかった。
普通の中学生や高校生のように、生きていきたかった。

父に対する考えが変わったとき、足下を掬われるようだった。
あんな人間を恐れ、従い、そして我慢を強いられてきた自分が、とても惨めに思えた。

もっと好きに生きればよかった。

さんざんこき下ろされて、我慢して生きてきた結果が、
無価値な人生だったわけだ。


イラストを描くのが好きで、
それで作った作品を通販サイトで販売しているが、ほとんど売れることはない。
Twitterにあげるのがいいとあっても、
フォローしてくださってる方に、私の作品を買ってください、と、
どしどし流すのも、おこがましい気がして、利用していない。
インスタに投稿してみても、見に来る人はいない。
いくつかの通販サイトを利用しているので、まとめのブログを作ってみたが、
だいたいそれを見に来る人がいない。

何をやっても、だめなんだなぁ・・

だから、お前の今までの人生は何の価値も無い、と

ずっと一人で考えていたことを、昨日主人に話した。
無価値だと言われた気がしたこと。
作品を作って販売しても売れないこと。
色々試してみても、だめなこと。

主人は、
「何のためにイラストを描いたり、作品を作ったりしてるのか。」
と言う。
「誰かに認めてもらいたいのか。誰かに認めてもらうためにしているわけじゃないでしょう?」
と。

イラストも作品も、好きで描いたり作ったりしてるよ。
描きたいから描いてるし、作りたいから作ってる。
描いてるのが、楽しい、というか、思い通りに描けないと、すごく苦しいけど、
完成したときがすごく嬉しいんだよ。
作品も同じ。
みんなに評価されたいわけじゃない。
みんなに認めて欲しいわけじゃ無い。

でも。
唯一、私が作り出せるものは、もうこれしかなくて、
将来、今の職業が続けられなくなったとき、
もうこれを売って生きていくしかないんだよ。
だから、それを認めてもらわないといけないんだよ。

でも、こんな風に、誰も見に来てもくれないんじゃ、
一生懸命になったって、無駄だよね。
何もかも、今までの人生もこれからの人生も、無意味で無価値で無駄。

主人は、返答に困っていた。
答えなくてもいいんだよ。
答えを聞きたいわけじゃない。

ずっと変わらないよ。
何もかも。
何もいいことはない。
これからも。











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免許更新

昨日、免許の更新に行った。
今年に入ってから、ずーーーっっと憂鬱だった。
もう何年も運転していない。
何年か前に、えっらく久しぶりにモコに試乗させてもらった。
運転の仕方、感覚は覚えていたが、
ハンドルの送り方の感覚が掴めない(^_^;
そして、走る位置が、昔は左寄りだったのが、中央寄りに変わっていて、
昔は左側に座ってた同乗者に、「こわ!」言われていた。
そして、路上駐車があると、えらく怖かったのが、
試乗のときは、すいすい避けることができた。
なんだろうね、これ。

免許の更新がなぜ憂鬱かと言うと、
視力検査。
小学校6年位から悪くなりだした。
昔は、6人の班で席が決まっていて、
目が悪くなって、まだ眼鏡を作っていなかったときに、
「お前のせいで後ろの席にいけないじゃねーかっ!!!!」
と、罵倒された。
あの時代の男子って優しくないよな。
他人を蹴落として上に行けって時代だったからな。
そして今、何故班で行動させるのかが、よくわからん。
人間って、絶対、苦手とか、合わない人っているんだよ。
なのに、誰とでも仲良くしろなんて、おかしな話だ。

裸眼では一番上も見えません。
眼科へも行きたくない。
ただ、
遠くは見えないけど、近くはちゃんと見える。
主人は、近眼ではなく乱視のみだが、
もう老眼で、小さい字は、20センチ以上離さないと見えないらしい。
私はえらい近眼だが、5センチ位の距離でも小さい字は見える。


今年は免許の更新だと思うと、気分が暗くなっていて、
ここのところ、すこぶる視力が悪くなっているので、
『更新』と思い出すと、
「視力検査で引っかかるかもしれない。」
と真っ暗闇。
車の運転ができなくても、私の場合支障はないのだが、
やはり何かあったらと思うと、免許が無くなるのはヤバイ。
主人は、
「命とられるわけじゃないから、大丈夫だよ。」
と、言ってはくれるが、気分はあがらず。

「調べたら3時頃が空いてるって。」
と主人が仰るので、じゃあ、2時位に家を出ようとなっていたが、
あまりにも朝から私が暗いので、1時頃、とうとう
「もう出ようか。」
と主人に言われる。
「はい。」
支度をして、無言で主人運転の車に揺られ。
警察署についてからも、いつもは車の中から
「いってらっしゃい。」
と手を振る主人が、昨日は入口まで一緒に来てくれて、
「雨降ってたら、連絡してくれれば傘持ってここまで迎えに来るからね。」
とまで言ってくれる。
「はあ。お手数おかけします。」
と、頭を下げる。

前回来たとき、2つの暗証番号を打ち出す機械の前に、
案内係の年配の男性の警官?がいらっしゃって、
その機械の前で、何をするのかわからなくて、
(このときも視力検査に恐れをなしていて、テンパった状態)
舌打ちされた経験あり。
思い起こせば、ほとんど説明されなかったと思われる。
今回は、優しげなお姉さんが、案内してくださったので、
前回ほどはテンパっていなかったが、ちゃんとできました。

確かに、私が行ったときは、空いてましたね。
ビデオを観るときも、半分位座れる椅子が空いてました。
でも、新しい免許証をいただいて外に出たら、結構待ってたよ。
3時だったら、混んでたかも。

視力検査は、パスしましたが、次回はどうだろう。
たぶん5年後。




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写真

昔の写真を整理した。
正確に言うと、紙にプリントされたものをデジタル化している。
だいぶ終わったのだが、まだ少し残っている。

主人は、私が気にしないせいか、私が主人の昔の写真を見てもいじっても何も言わない。
ここにも書いたことがあるかもしれないが、
以前、主人愛用の革の鞄を落としてしまい
(主人は当時、鞄が必要な仕事ではなかったので、
普段は戸棚にしまいっぱなしだった)、中の物を全部
(と言ってもペンとか仕事で使ったけど、もういらない書類とか)
をぶちまけてしまったとき、その中に、元カノとのプリクラがあった。
元カノと主人の話は、主人と友人だった頃に聞いていたので、
その出会いも顛末も知っていた。
主人にとって、幸せな恋愛ではなかったと思う。
なので、そのプリクラを見ていると、なんだかとても辛くなって、
元通りに鞄に入れて、戸棚にしまった。

主人は、元カノがとても好きだったのだが、
元カノには、他に彼氏がいて、主人はずっと二番目だったようだ。
プリクラは、はしゃいで全て表情をかえる主人と、
少しも笑っていない、同じ表情の元カノが写っていた。

つらかったのは、主人と元カノが写っていたから、ではなく、
大好きな人とプリクラを撮れるからと、
はしゃいで、嬉しそうに写っている主人と
無表情の元カノとの熱の違いが、悲しかったのだ。
今でも、思い出すと、悲しくなる。


その元カノと主人が写っている写真の一つに、
どこかの屋上で撮った写真があって、
相手は自分じゃないのに、その写真がなぜか好きで、
時々こっそり見ている。
そこに写る元カノは、笑顔で、勿論主人も笑顔で、
その背景には、遠くまで写る開けた風景が写っていて、
自分が、同じ位の歳の時には味わう事のできなかった風景。
見る事ができなかった風景。
羨ましいのかもしれないと思う。
こういう風景を楽しみたかったと思う。

勿論、主人と付き合うようになってからは、色々な所へ連れて行ってもらった。
とても楽しかった。
また、行けるようになったら、行きたいと思う。

あのプリクラは、どうしたのか、わからない。
後に、私を気にしてなら捨てなくていいと伝えた。
主人がいらないと思ったなら、もうないだろう。

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planetarian 〜雪圏球〜

『planetarian~雪圏球(スノーグローブ)~』を主人と観た。
『planetarian』はどれも反則でしょう。
主人も私も、観ると泣いてしまう。
主人は、「(こんな泣かせるアニメは)造り方が汚い、ずるい。」と言いながら泣いている。
『planetarian』の舞台は、静岡の浜松の市街で、
主人には子供の頃から馴染みの地だ。
私は数回行っただけだが、すごく懐かしい感じがする。
なので、主人にしたら、更に感慨深いのではないかと思う。
その証拠に、見終わった後、彼の地が舞台のアニメを続けて観ていた。
この間は、「俺はどこへ行っても平気。」みたいなことを言ってたじゃん、
などと無粋なことは言わないことにしよう。

『それ』があるときは、当然のこととして過ごしていて、
なくなったときに、『それ』の存在が大きかったことに気付く。
他のことばかり気に掛けて、『今』が幸せなことに気が付かない。
なくなって初めて、そのときが幸せだったのだと気付く。

浜松は、私には、勿論主人にも、なんの関わりもない場所になってしまったので、
余計なんだろうと思う。

自分で納得して手放したものならば、何の未練も感慨もないが、
そうではない。


私はその地を離れてもうずいぶんになるが、
父がそれを手放したと聞いたとき、
もう、あの騒々しい所には一生住めないんだと思った。
Twitterにあげられたビルの夜景を見たとき、
都会の風景を見たとき、
帰りたいと心のどこかで思っていた。
もう二度と帰ることはできなくなったのだと、思い知らされた。

ここは、好きだ。
蜩の鳴き声も、ウグイスの鳴き声も、聞こえる。
だけど、長年見てきたネオンを、星の代わりに見て暮らしたいと思うこともある。
そう願う事は、最高の我が儘だろう。
そして、叶わなくていい。
今はここにいられて、主人と幸湖さんと一緒にいられることが幸せだと思うから。
それを忘れてはいけない。
だから、叶わなくていい。


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