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昔日和-他愛もないこと-

思ったことや過去にあったことを、だらだらと書いてあります。どちらかというと、楽しいことではないです。近頃は精神安定のための、愚痴の捌け口になっております。

無題

今勤めているところは、数年前に経営者がかわった。
辞めていく人もいたし、新しく入ってきた人もいる。
体制も、機械も、システムもかわった。

それに関して思うところはあるが、いちいち何かを言う気はない。
それが、『変化』というものならば、受け入れるしかないのだろう。
昔のシステムを懐かしんでいる暇はない。

新しい機械とシステムは、安全性と安心感を増し、
今までよりは楽になった。
後で悩むこともない。


とても優秀な同僚がいる。
何でもできる。
作業も早い。
間違えない。
すごいなぁと尊敬もしている。

ただ。
以前は、よく話してくれて、笑ってくれたけど、
この頃は、話しかけてくることはなくなった。

たぶん、私が仕事ができないから、仲良くする気がしなくなったんだな、
と、わかった。
悲しくなったし、一緒の所にいるのも辛かった。
現状を打開しようと、こちらから話しかけたりもした。
それでも、反応がなかった。
他の人とは笑って話しているのを見てると、胸が痛む。

弁解するなら、それが理由で辞めようと思ったわけではない。
今の仕事をしている時間がすごく勿体なく思えたから。
ただお金を稼ぐためだけの作業をしてるのが、つらくなったから。
皆には通うのがつらくなったと言ってはいるが、本音はそこだ。
もう自分を解放してあげたい。

それでも、
辞めるからと、おろそかにできる仕事ではない。
どうでもいいと、適当にしていいはずもない。

ここまでは、前置き。

つい最近になって、退職届を出してから、気がついた。
私、なめられてるんだ、と。
なるほど、そうだ、それだ。

ほんの少し前だったら、なめてもらっちゃ困ると、
必死になって自分はすごいんだぞ、なめられるような人間じゃないんだ、
と、思って行動したが、今じゃ、
「どうでもいい。」

人間の価値は、たった1つのことで決まるわけではない。
それに、私は今の仕事ができないわけじゃない。
今まで、何十年もやってこられたことなんだから。

たとえ誰にも認められなかったとしても、
私のだんなさんと、天(宇宙)が認めてくれれば、
それでいい。
それだけでいい。

自分が、それでいいと、よくやってると、
心の底から思えれば、それでいい。

元々、認められて此岸に来たのだから、
何を卑屈になることがあるだろう。
元々、此処に存在するだけですごいことなのに、
何故、誰かに認められなければならないんだろう。

それがすごくよくわかって、嬉しいような、
今までの自分を思い起こして、悲しいような、
過去がなければ、今の思いに至らなかったという納得もある。

ただ、
「どうでもいい。」
と、思えたことが、すごく嬉しくて、すごく誇らしいから。
どこまで縮んでいた心の翼を伸ばして、
どこまで羽ばたいていけるのだろうと、
『これから』を楽しみに生きていけるようになりました。

まだ、やりたいことは沢山ある。
ここで立ち止まって、悲嘆にくれている暇はないから。

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仕事

とうとう仕事を辞めることにしました。
一昨日、退職届を出してきました。
辞めよう辞めようと思いつつ、ずるずると10何年経ったでしょうか。
気力も体力も限界に近づき、さすがにもういいかな、と思いました。

今まで就いてきた仕事は、母の希望のようなものだったし、
その母も、この世での修行を終えて、彼岸へ帰ってしまったので、
もういいよね。

確かに、安定したいい職業ではありましたが、責任は重いです。
嫌いじゃないですがね。
それでも、私のやりたいことじゃなかったので、
これからは、自分のやりたいことをやると決めました。
だんなさんも、それでいいと言ってくれましたので。心強いです。


昔、ずっと昔に、その仕事に就きたくて、頑張っていたときがありました。
親戚に、
「頭大丈夫?」
と言われて、悔しいと思いつつ、諦めてしまいました。
あのときあきらめなかったら、違った人生があったかな、と。

今、またそこに向かって行こうと思います。
自分の中に鳴り響いた5つの野望のまだⅠ番目ですが。

2ヶ月経ったら、完全に解放されます。
今からわくわくしてます。
これから、全振りで好きなことができるぞーと。

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熱中症

仕事に続けて行って、休みの日曜日、とても怠く、
起き上がるのもやっと、起き上がっていても継続するのがやっと、
という状態になりました。
今は、だいぶマシにはなりましたが、
怠さと、急に汗は出ないのに、体内に熱がこもるような感覚があります。
そして、頭のてっぺんがすごく熱くなってます。
そんなときに熱を測ると、大体36.8~37.1℃の間です。

思えば、土曜日、久しぶりに裏山を登って、
駅までの道のりを歩いたのですが、きついきつい(T-T)
運動不足とはいえ、
前の日も、駅から歩いて帰ってきたとはいえ、
こんなにきついことはないよ(;゜ロ゜)
おかしい。
何か変だ。

通勤の電車の中で、本を開いて読み始めても、
1~2行の途中で意識を失う。
本を持つ手が、がくっとなって、
「あ、寝てた。」
この眠気は尋常じゃないよ。
ずっと立ってる仕事でよかった。
座った途端に意識を失っちゃう。
ただ、
こういう状態になるときは、熱があるんだよなぁ・・
とは思っていました。

そして、日曜日、朝ご飯を食べた途端、
「だめだ、寝る・・」
と、宣言。
ベッドでゴロゴロ、うとうとして、
気が付いたら夕方の4時過ぎてました。

最近、エアコンの効いた部屋にいても、
効いてない場所にいても、
いらいら感のようなものがあって、
「いらいら感」といっても、
精神的にいらいらしているのではなく、
体自体が暑さの調整が追いつかずに、
いらいらしているような感覚がありまして、
今まで感じたことのないような感覚ですね。
ああ、おかしいな、と常に思ってました。
今回、それが爆発して、
「もういいから!休め!」
という指令が出たようです。

夜もあまり眠れなかったし。
エアコンは、使ってますが、
暑かったり、寒かったりして、
途中で何度も目が覚めるので、
それもあるのかなーと。

そして、極めつけ。
私はあまり水分を摂りません。
朝、だんなさんがコーヒーを淹れてくれて、
野菜ジュースを出してくれるので、
これで、250mlくらい?
休みの時は、コーヒーを、もう1~2杯飲んで、
昼間はこれで終わりですかね。
夜は、お茶としゅわしゅわ(アルコールは飲めない)で、
500mlくらい。
1日1㍑ちょっとかな?

仕事に行くともっと少なくて、
昼間のコーヒーがなくなるので、
1㍑飲んでないんじゃないかな~?
職場は、勿論自由に水分補給ができます。
が、気が付くと、全然飲んでなかった、がほとんど。

両親もあまり水分を摂る人達じゃないので、
体質ですかね。

だんなさんが、心配して調べてくれた結果が、
『蓄積型熱中症』
なるほどね。

水分を気にして摂るようにします。

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母と幸湖さん

母は認知症を患っていた。
だが、人の顔を忘れることはなかった。
話すこともしっかりしていたが、少しずつ症状は進んでいった。

尿漏れをするようになった。
最初は自分で気が付いて、下着を替えたり、濡らした所を掃除したり、
汚した下着を洗濯していたが、
そのうち、自分では漏らしていることに気が付けなくなったようだ。
プライドの高い人だったので、尿漏れパンツやオムツを持っていっても、
洗濯機の上の棚に隠すように乗せてしまい、はこうとしなかった。

実家は、玄関を入るなり、おしっこのニオイが充満していた。
父は自分が我慢すればと言いながら、いらいらして私を怒鳴るばかりだった。
それでも、どこかに相談するということは一切しておらず、
何度もそうした方がいいと言っても、何もしようとしなかった。
母を怒鳴り、責め、「こんな女!」「この馬鹿!」と罵っているだけ。
そして私に怒鳴り散らすだけ。
見かねて、役所の窓口の電話番号を調べて父に渡した。
父は、素直に電話をかけ、
それから、看護師さんやケアマネさんが来てくださるようになった。

父もしんどかったと思う。それでも、よく頑張ったと思う。

私の精神状態も最悪だった。
父には怒鳴られ、母は認知症で、
主人も精神的に不安定で、何かひっかかることを私が言うと、
目をつり上げて食ってかかるようになっていた。
幸湖さんは寝たきり。寝返りも打てない。

叫びたかった。
思い切り叫びたかった。
叫んだとしても、気が休まることはないし、
何の解決にもならないと思ったから、やらなかった。
頭の中は、いつもぱんぱんだった。
安らぎなんてなかった。

それでも、幸湖さんにはとても癒やされていた。
いてくれるだけでよかった。
しょっちゅうわふわふ言って、
トイレだーお水だー添い寝だー体の向きをかえろーと振り回されていたが、
それでも幸せだった。
「はいよっ!了解ですっ!」
と言いつつ、ご希望を叶えていた。
だけど、幸湖さんの気持ちを考えると、つらかった。
こんな状態が続くなら、
早く虹の橋を渡って、次に行った方がいいんじゃないかと、何度も思った。

「せめて、14歳までは一緒にいてね。」
幸湖さんには常々言っていた。
幸湖さんは、数えの14歳で逝ってしまった。
ちゃんと約束を守ってくれた。

幸湖さんがまだ元気なときから、
幸湖さんがいなくなった時のことを思ったことが、何度もあった。
常にあったと言っていい。
まさに、それが今、全くその通りになっている。
想像したときの思いも、状況も、全くその通りで、
これが、私がひきよせた結果なんだと、思い知った。

母が、認知症になるんじゃないかということも、昔から心配していた。
防止のサプリなんかを買って、母に渡していたが、
母が愛用することはなかった。
かくして、母は認知症になった。
これも、私がひきよせた結果なのかと、思った。

昔から、思い通りにならない人生だったら、
「ひきよせた」などとは思わないのだが。

大学の受験の時に、数学の問題集の問題を最初から最後までやったことがある。
私は数学が苦手だったのだが、薄い問題集を何度もやってごらんと言われて、
その通りにしていた。
いつやってもわからなくなる問題は必ずいくつか(多数 ^^;)ある。
その中に、すごく気になる証明問題があった。
ムキになって、その問題を毎日毎日解いた。
迷いなく完璧に解けるようになったとき、すごい達成感があった。
しかし、心の中では、
これだけができるようになって、何の得があるんだろう。
と、思った。
しかし、
本命の大学の受験の日、数学の問題を見て、えっ!と心の中で叫んでしまった。
一番最後の、明らかに一番多く点数が割り振られているだろう問題が、
まさに、ムキになって解きまくったあの問題だった。

答案に、その答えを書き終わったときに、受かるな、と思った。
勿論、その大学に4年間お世話になることができた。

あれが「ひきよせた」ということだったんだと、わかる。
だから、幸湖さんが変性性脊髄症かもしれない、とか、
母が認知症になるんじゃないか、とかを
心配したり、考えたりしてはいけなかったんだと、今更後悔してる。







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検診

検診に行った。
昨年から主人の扶養になったので、家族検診してくださいというお知らせがきた、
と言われたのは、確か7月のことだった。

私は、病院が苦手だ。
医療関係の仕事に就いているのにも関わらず、医院とか病院とかがえらく苦手だ。
できる限り、行きたくない。
誰かの付き添いで行くならば、すこぶるご機嫌なのだが、
いざ自分が、となると、テンションだだ下がり。
検診は、今までずっと無視してきた。

だが、今年は家族検診・・
主人は、ここぞとばかりに、あらゆる検査を盛りだくさんで入れてきた。
バリウムも婦人科のまで(T-T)

確かにありとあらゆる所に支障が出ているのは認めます。
でも、いやだ。

7月に予約の電話をしたとき、
「あのお、ぎりぎりの、一番遠い9月にして下さい。」
と言って、予約を入れた。
だが、時間はどんどん過ぎていき、とうとう検査の当日になってしまった。

実は、大腸検査のサンプルを取るのに、案の定失敗致しまして、
絶対結果がでないだろう、いう量でした(^_^;

バリウムを飲んだこともないし、婦人科の検診を受けたことも無い。
頭の中では、ぐるぐると、こんなんだったらどうしようなどと考えつつ、
いやいや、初めてのことを楽しもうよ、とか、
主人が病院まで車で送ってくれるって言ってくれてるので、
それはすごいありがたくて、贅沢なことだよ、などと色々考えているうちに
目は冴え、結局昨日は3時間しか眠れず。
送ってもらう車の中では、まるちゃんのように顔に縦線を始終浮かべておりました。

しかし、始まってしまうと、ちゃんと上着とズボンの検査着とスリッパがあって、
案内の方も、検査をしてくださる方も全員が女性で、
それだけで十分ほっとしました。
ここにも書きましたが、色々なトラウマがあって、
私は男性に対して緊張するので、
こういった検診の場所に男性がいらっしゃる、というのは
かなりつらいのです。
考えてみると、私の検診嫌いは、それが主なのかな、と。

嫌な事は一つもなく、検診は終了しました。
バリウムもげっぷができなくて苦しいと、よく聞いてましたが、
げっぷでは苦労せず、ただ、胃が滲むように痛くなってきてしまい、
それが苦しかったかも。
バリウムはイチゴ味で美味しかった(^^)

未だ白い物質が出てきて、じわじわ滲むように下っ腹が痛くなり、
トイレに駆け込む始末。

あとは結果次第ですかね。


帰ってきて、ご飯を食べたら眠くなったので、
一時間くらい寝ると主人に言って、昼寝をしておりました。
いい気分で寝ておりますと、
どわー!
といういきなりの大音響。
「なんだなんだ(;゜ロ゜)」
と寝ぼけながら、正体をさぐると、すごい雨降ってる!
「なんじゃこりゃ!」
と心の中で叫んだ瞬間、ぴたっ、と止みました。
その間、5分足らず。
なんだろね(;゜ロ゜)

そして、再びじわじわと滲むような下っ腹の痛み・・
トイレに行ってきます(T-T)

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