夢
夢をみた。
昔、味わった気持ちを、そっくりそのまま味わった。
忘れてはいない。
忘れてはいなかったけど、思い出そうとしても、
あのとき味わったのと同じ気持ちにはなれなかった。
目の前に展開する光景に、
あのときと全く同じ気持ちが沸き上がってきた。
悔しくて、悲しくて、一生懸命伝えようとしても伝わらない。
もう、私の言うことなんか聞こえない。
聞こえていたとしても、流れていくだけ。
私に思いはなく、もっと大切なものしか見えない。
それしか考えられない。
わかってもらおうと必死になる。
わかってくれないことは、わかっているのに、
必死に伝えようとしている。
私の方をちらりとも見ることはない。
自転車に跨がって行ってしまう背中に、
「いってきますくらい言え!」
と怒鳴る。
最後のあがき。
空しくて、切なくて、悲しくて、
悔しくて、妬ましくて、そして憎い。
目が覚めたとき、
「ああ、そうそう、これこれ。」
と、思った。
まさにこれだ、と思った。
なんだか、嬉しかった。
忘れてなかったということが、なんだか嬉しかった。
そして、思い出しても全然落ち込まない自分が嬉しかった。
どんな『思い』も、宝物だと思った。
つらいことは沢山ある。
楽しいことも沢山ある。
今まで味わってきた感情は、全て宝物だと思えるようになった。
ただ、これからつらいとか、苦しいとか、そういう思いは勘弁して欲しい。
私は、どこかに前も書いたが、
つらいとか、苦しいとか、悲しいとか、恥ずかしいとか、
負の感情ばかりを覚えている。
もう、ン十年ずっとだ。
なので、これからは楽しいとか、嬉しいとか、正の感情を蓄えていけるように、
耐えられるときに、負の感情を経験して、蓄積していたのだと思うようにした。
そう思えるようになったのは、
許せるようになったからだと思う。
許せない自分を許す。
そういう感情を持ってしまっている自分を許す。
夫さんは、許せないという。
まだ自分の価値の枠から外れているもの、行為を許せないと。
許せなくてもいいんだよ、と言った。
許せない自分を許す。
まずは『自分』を許していこうよ、と。
少しずつでもいい。
私もまだ許せないものがある。
いらっとすることも沢山ある。
気が付いて、許す。
なかなか難しいけれども、だいぶ気持ちが楽になった。
夫さんにも、許せないなら、まずは流してみようよと言った。
夫さんは、実行に移したそう。
すごく楽になったと言っていた。
すぐにできるところが、夫さんのすごいところだと思う。
気が付いて、許す。
時々、苦しくなることがある。
昔のように、負の感情にのまれることがある。
こんなことをしていて、何になるんだと思うときがある。
我慢しているだけじゃないのか。
コーギー幸湖さんが死んでしまったときのように、
本当は泣きたいのに、大声で泣きたいのに、
見ないフリをして、気が付かないフリをして、
悲しみの雲に触れないように飛んでいるだけじゃないのか。
そういうときは、その感情が通り過ぎるのを待つ。
ゆっくり味わうのか、黙って耐えるのか、
そのときに決める。
決めるというか、流れに任せる。
通り過ぎると、なぜかすっきりしていて、
「ああ、お腹空いた。」
みたいになるので、腫れた目でお煎餅をかじったりしている。
そして、浮上してきた自分を、
「私えらい!」
と褒めつつ、アイスも食う。
昔、味わった気持ちを、そっくりそのまま味わった。
忘れてはいない。
忘れてはいなかったけど、思い出そうとしても、
あのとき味わったのと同じ気持ちにはなれなかった。
目の前に展開する光景に、
あのときと全く同じ気持ちが沸き上がってきた。
悔しくて、悲しくて、一生懸命伝えようとしても伝わらない。
もう、私の言うことなんか聞こえない。
聞こえていたとしても、流れていくだけ。
私に思いはなく、もっと大切なものしか見えない。
それしか考えられない。
わかってもらおうと必死になる。
わかってくれないことは、わかっているのに、
必死に伝えようとしている。
私の方をちらりとも見ることはない。
自転車に跨がって行ってしまう背中に、
「いってきますくらい言え!」
と怒鳴る。
最後のあがき。
空しくて、切なくて、悲しくて、
悔しくて、妬ましくて、そして憎い。
目が覚めたとき、
「ああ、そうそう、これこれ。」
と、思った。
まさにこれだ、と思った。
なんだか、嬉しかった。
忘れてなかったということが、なんだか嬉しかった。
そして、思い出しても全然落ち込まない自分が嬉しかった。
どんな『思い』も、宝物だと思った。
つらいことは沢山ある。
楽しいことも沢山ある。
今まで味わってきた感情は、全て宝物だと思えるようになった。
ただ、これからつらいとか、苦しいとか、そういう思いは勘弁して欲しい。
私は、どこかに前も書いたが、
つらいとか、苦しいとか、悲しいとか、恥ずかしいとか、
負の感情ばかりを覚えている。
もう、ン十年ずっとだ。
なので、これからは楽しいとか、嬉しいとか、正の感情を蓄えていけるように、
耐えられるときに、負の感情を経験して、蓄積していたのだと思うようにした。
そう思えるようになったのは、
許せるようになったからだと思う。
許せない自分を許す。
そういう感情を持ってしまっている自分を許す。
夫さんは、許せないという。
まだ自分の価値の枠から外れているもの、行為を許せないと。
許せなくてもいいんだよ、と言った。
許せない自分を許す。
まずは『自分』を許していこうよ、と。
少しずつでもいい。
私もまだ許せないものがある。
いらっとすることも沢山ある。
気が付いて、許す。
なかなか難しいけれども、だいぶ気持ちが楽になった。
夫さんにも、許せないなら、まずは流してみようよと言った。
夫さんは、実行に移したそう。
すごく楽になったと言っていた。
すぐにできるところが、夫さんのすごいところだと思う。
気が付いて、許す。
時々、苦しくなることがある。
昔のように、負の感情にのまれることがある。
こんなことをしていて、何になるんだと思うときがある。
我慢しているだけじゃないのか。
コーギー幸湖さんが死んでしまったときのように、
本当は泣きたいのに、大声で泣きたいのに、
見ないフリをして、気が付かないフリをして、
悲しみの雲に触れないように飛んでいるだけじゃないのか。
そういうときは、その感情が通り過ぎるのを待つ。
ゆっくり味わうのか、黙って耐えるのか、
そのときに決める。
決めるというか、流れに任せる。
通り過ぎると、なぜかすっきりしていて、
「ああ、お腹空いた。」
みたいになるので、腫れた目でお煎餅をかじったりしている。
そして、浮上してきた自分を、
「私えらい!」
と褒めつつ、アイスも食う。
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